内容紹介
本書は、「間文化性(Interculturality)」という、明確に定義づけることが難しい概念を出発点として、著者それぞれの立場から、音楽をめぐる現象や作品を考察し、その背後にある思想や社会を読み解いていく試みである。
文化と文化の「間」とはなんだろうか。本書が第一に想定しているのは、アイデンティティの「間(あいだ)性」と音楽の関係である。
現代は国籍や性別や血縁関係でアイデンティティを推し測れない時代である。
不思議なことに、音楽と向き合うとき、「本当の自分」に出会えたように感じることがある。本書では音楽作品に向き合うことで、自分自身を投影し、定義づけるだけでなく、他者を知り、理解するために、音楽分析の新たな方法論を探究する。歴史的な軸と、思想的な軸を交差させながら、読者とともに「間文化性とは何か」を考え、音楽分析を通して徐々に明らかにしていくよう構成されている。
文化と文化の「間」とはなんだろうか。本書が第一に想定しているのは、アイデンティティの「間(あいだ)性」と音楽の関係である。
現代は国籍や性別や血縁関係でアイデンティティを推し測れない時代である。
不思議なことに、音楽と向き合うとき、「本当の自分」に出会えたように感じることがある。本書では音楽作品に向き合うことで、自分自身を投影し、定義づけるだけでなく、他者を知り、理解するために、音楽分析の新たな方法論を探究する。歴史的な軸と、思想的な軸を交差させながら、読者とともに「間文化性とは何か」を考え、音楽分析を通して徐々に明らかにしていくよう構成されている。
目次
はじめに
凡例
序章 間文化性とは――Q&A
◆第1部 歴史・前兆――日本の作曲家たちの間文化性
第1章 モダニティ(近代)の多様性――橋本國彦の戦前の歌曲と「舞」
column 1 山田耕筰のオペラ――オペラ・バレエ「あやめ」の編曲を例に
第2章 ドビュッシーから平尾貴四男へ――ペンタトニックの和声理論化にみる間文化性
◆第2部 思想・前提――オリエンタリズムから間文化性へ
Interlude(間奏曲) 間文化性と音楽をめぐる理論と概念
第3章 オリエンタリズムと「蝶々夫人」
◆第3部 間文化的分析――メシアン・武満徹・細川俊夫の事例を通して
第4章 メシアンの「復活」音楽における日本の雅楽と中国の祭祀賛歌
column 2 近代における日中の音楽交流――留学生の足跡を辿る
column 3 宣教におけるインカルチュレーション――カトリック教会の日本語聖歌
第5章 擬態される「間文化主義」――オリヴィエ・メシアンと武満徹の自己批評言説の検証を通して
essay 1 音楽教育の現場から これからの作曲教育の行方は?――大学における音楽理論の授業について考える
column 4 音楽分析は誰のもの?――ブルックナーの場合
第6章 細川俊夫の音のコスモロジー
essay 2 創作の現場から 今日の演劇における「洋の東西」について
引用文献一覧
おわりに――他者と生きる
間文化性にかかわる概念用語一覧
人名索引
事項索引
凡例
序章 間文化性とは――Q&A
◆第1部 歴史・前兆――日本の作曲家たちの間文化性
第1章 モダニティ(近代)の多様性――橋本國彦の戦前の歌曲と「舞」
column 1 山田耕筰のオペラ――オペラ・バレエ「あやめ」の編曲を例に
第2章 ドビュッシーから平尾貴四男へ――ペンタトニックの和声理論化にみる間文化性
◆第2部 思想・前提――オリエンタリズムから間文化性へ
Interlude(間奏曲) 間文化性と音楽をめぐる理論と概念
第3章 オリエンタリズムと「蝶々夫人」
◆第3部 間文化的分析――メシアン・武満徹・細川俊夫の事例を通して
第4章 メシアンの「復活」音楽における日本の雅楽と中国の祭祀賛歌
column 2 近代における日中の音楽交流――留学生の足跡を辿る
column 3 宣教におけるインカルチュレーション――カトリック教会の日本語聖歌
第5章 擬態される「間文化主義」――オリヴィエ・メシアンと武満徹の自己批評言説の検証を通して
essay 1 音楽教育の現場から これからの作曲教育の行方は?――大学における音楽理論の授業について考える
column 4 音楽分析は誰のもの?――ブルックナーの場合
第6章 細川俊夫の音のコスモロジー
essay 2 創作の現場から 今日の演劇における「洋の東西」について
引用文献一覧
おわりに――他者と生きる
間文化性にかかわる概念用語一覧
人名索引
事項索引














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