内容紹介
高校生から研究者までを読者対象とし、生涯篇、作品篇、資料篇の3部構成で簡便にまとめた大作曲家の定番伝記シリーズ21作目。
モーリス・ラヴェル(1875~1937年)研究の第一人者である著者が、最新の研究成果も踏まえ、当時のフランスの社会状況や文化全体の中にラヴェルを置き直し、その生涯、作曲の背景や初演時の様子、作品概要などを伝える。
検索性を考慮して、ラヴェル作品に多い編曲作品については<作品篇>ではジャンルごとに、<資料篇>「作品一覧」では曲ごとにまとめて紹介。また、同シリーズ他作曲家版にはない「献呈者一覧」も収載した。
モーリス・ラヴェル(1875~1937年)研究の第一人者である著者が、最新の研究成果も踏まえ、当時のフランスの社会状況や文化全体の中にラヴェルを置き直し、その生涯、作曲の背景や初演時の様子、作品概要などを伝える。
検索性を考慮して、ラヴェル作品に多い編曲作品については<作品篇>ではジャンルごとに、<資料篇>「作品一覧」では曲ごとにまとめて紹介。また、同シリーズ他作曲家版にはない「献呈者一覧」も収載した。
目次
■生涯篇■
第一章 少年時代(1875~1889)
生い立ちと環境/当時のフランス/最初の音楽レッスン/リカルド・ビニェスとの出会い/1889年パリ万国博覧会
第二章 パリ音楽院時代(1889~1900)
パリ音楽院ピアノ科入学/シャブリエとラヴェル/サティとの出会い/最初期の作品/アンドレ・ジェダルジュの教え/画廊めぐり/フォーレのクラスへ/国民音楽協会でのほろ苦いデビュー/最初の出版/序曲《シェエラザード》の初演/サロンでの成功/音楽院院長デュボアとの確執
第三章 ローマ賞コンクールの内と外で(1900~1905)
作曲のローマ賞コンクール/1900年パリ万国博覧会/ドビュッシーからの編曲依頼/アパッシュの仲間たち/1901年のローマ賞/ピアノ曲《水の戯れ》の誕生/1902年のローマ賞での敗退/ローマ賞4度目の挑戦/《五つのギリシア民謡》―民謡編曲の始まり/弦楽四重奏曲と歌曲集《シェエラザード》の初演/ゴデブスキ夫妻と知り合う/「ラヴェル事件」/デュラン社との契約
第四章 新進作曲家としての活躍(1905~1909)
ヨットクルージング/ハープのため《序奏とアレグロ》/ピアノ曲集《鏡》/歌曲集《博物誌》物議をかもす/1907年――ラヴェルの「スペイン年」/ドビュッシーとの複雑な関係/批評家ラロとの確執/辣腕プロデューサー、ディアギレフ登場/父ジョゼフの死/ヴォーン・ウィリアムズへのレッスン/《夜のガスパール》とリカルド・ビニェス/《ハイドンの名によるメヌエット》
第五章 前衛音楽の旗手として(1909~1914)
独立音楽協会設立/《マ・メール・ロワ》の世界/サティを表舞台に/《高雅で感傷的なワルツ》の作曲とバレエ化/バレエ《ダフニスとクロエ》上演まで/ストラヴィンスキーとの関係/《ステファヌ・マラルメの三つの詩》
第六章 第一次世界大戦とラヴェル(1914~1918)
第一次世界大戦とその影響/入隊の決定/大戦下のパリのコンサートライフ/戦場でのラヴェル/フランス音楽防衛国民同盟への参加拒否/最愛の母マリーの死/ピアノ曲集《クープランの墓》を完成させる/サン=クルへの転居とその後
第七章 新しい潮流の中で(1918~1922)
第一次世界大戦終結/大戦後の音楽状況/自作品の管弦楽編曲/《ラ・ヴァルス》とレジョン=ドヌール勲章騒動/オペラ《子供と魔法》に着手する/ドビュッシー追悼の二重奏曲/ウィーンへの演奏旅行/終の棲家「ル・ベルヴェデール」の購入/当時のパリのサロン/オペラ座でのバレエ《ダフニスとクロエ》の上演/ヴァイオリンとチェロのためのソナタの完成
第八章 円熟への道(1922~1927)
《ガブリエル・フォーレの名による子守歌》/ムソルグスキーの《展覧会の絵》を編曲する/ラヴェルによるドビュッシー編曲/エオリアン社の録音/ISCM(国際現代音楽協会)への参加/「ル・ベルヴェデール」での集い/《ツィガーヌ》の完成と評判/モンテカルロでの《子供と魔法》の初演/『ルヴュー・ミュジカル』ラヴェル特別号/薩摩治郎八との交遊/杵屋佐吉の三味線を聴く/歌曲集《マダガスカル先住民の歌》/最後の室内楽曲、ヴァイオリンソナタの完成/
第九章 二つの協奏曲と晩年(1928~1937)
アメリカ・カナダ演奏旅行/《ボレロ》の誕生/「自伝的素描」/オックスフォード大学名誉博士号授与/二つのピアノ協奏曲に着手する/生地で開かれた「ラヴェル祭」/ピアノ協奏曲ト長調の初演/左手のための協奏曲の初演/最後の仕事
■作品篇■
1 オペラとバレエ 2 管弦楽曲と協奏曲 3 ピアノ曲
4 室内楽曲 5 声楽作品 6 その他
■資料■
年譜
作品一覧・献呈先一覧
主要参考文献
人名索引
第一章 少年時代(1875~1889)
生い立ちと環境/当時のフランス/最初の音楽レッスン/リカルド・ビニェスとの出会い/1889年パリ万国博覧会
第二章 パリ音楽院時代(1889~1900)
パリ音楽院ピアノ科入学/シャブリエとラヴェル/サティとの出会い/最初期の作品/アンドレ・ジェダルジュの教え/画廊めぐり/フォーレのクラスへ/国民音楽協会でのほろ苦いデビュー/最初の出版/序曲《シェエラザード》の初演/サロンでの成功/音楽院院長デュボアとの確執
第三章 ローマ賞コンクールの内と外で(1900~1905)
作曲のローマ賞コンクール/1900年パリ万国博覧会/ドビュッシーからの編曲依頼/アパッシュの仲間たち/1901年のローマ賞/ピアノ曲《水の戯れ》の誕生/1902年のローマ賞での敗退/ローマ賞4度目の挑戦/《五つのギリシア民謡》―民謡編曲の始まり/弦楽四重奏曲と歌曲集《シェエラザード》の初演/ゴデブスキ夫妻と知り合う/「ラヴェル事件」/デュラン社との契約
第四章 新進作曲家としての活躍(1905~1909)
ヨットクルージング/ハープのため《序奏とアレグロ》/ピアノ曲集《鏡》/歌曲集《博物誌》物議をかもす/1907年――ラヴェルの「スペイン年」/ドビュッシーとの複雑な関係/批評家ラロとの確執/辣腕プロデューサー、ディアギレフ登場/父ジョゼフの死/ヴォーン・ウィリアムズへのレッスン/《夜のガスパール》とリカルド・ビニェス/《ハイドンの名によるメヌエット》
第五章 前衛音楽の旗手として(1909~1914)
独立音楽協会設立/《マ・メール・ロワ》の世界/サティを表舞台に/《高雅で感傷的なワルツ》の作曲とバレエ化/バレエ《ダフニスとクロエ》上演まで/ストラヴィンスキーとの関係/《ステファヌ・マラルメの三つの詩》
第六章 第一次世界大戦とラヴェル(1914~1918)
第一次世界大戦とその影響/入隊の決定/大戦下のパリのコンサートライフ/戦場でのラヴェル/フランス音楽防衛国民同盟への参加拒否/最愛の母マリーの死/ピアノ曲集《クープランの墓》を完成させる/サン=クルへの転居とその後
第七章 新しい潮流の中で(1918~1922)
第一次世界大戦終結/大戦後の音楽状況/自作品の管弦楽編曲/《ラ・ヴァルス》とレジョン=ドヌール勲章騒動/オペラ《子供と魔法》に着手する/ドビュッシー追悼の二重奏曲/ウィーンへの演奏旅行/終の棲家「ル・ベルヴェデール」の購入/当時のパリのサロン/オペラ座でのバレエ《ダフニスとクロエ》の上演/ヴァイオリンとチェロのためのソナタの完成
第八章 円熟への道(1922~1927)
《ガブリエル・フォーレの名による子守歌》/ムソルグスキーの《展覧会の絵》を編曲する/ラヴェルによるドビュッシー編曲/エオリアン社の録音/ISCM(国際現代音楽協会)への参加/「ル・ベルヴェデール」での集い/《ツィガーヌ》の完成と評判/モンテカルロでの《子供と魔法》の初演/『ルヴュー・ミュジカル』ラヴェル特別号/薩摩治郎八との交遊/杵屋佐吉の三味線を聴く/歌曲集《マダガスカル先住民の歌》/最後の室内楽曲、ヴァイオリンソナタの完成/
第九章 二つの協奏曲と晩年(1928~1937)
アメリカ・カナダ演奏旅行/《ボレロ》の誕生/「自伝的素描」/オックスフォード大学名誉博士号授与/二つのピアノ協奏曲に着手する/生地で開かれた「ラヴェル祭」/ピアノ協奏曲ト長調の初演/左手のための協奏曲の初演/最後の仕事
■作品篇■
1 オペラとバレエ 2 管弦楽曲と協奏曲 3 ピアノ曲
4 室内楽曲 5 声楽作品 6 その他
■資料■
年譜
作品一覧・献呈先一覧
主要参考文献
人名索引