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2021.12.25

川瀬慈著『エチオピア高原の吟遊詩人――うたに生きる者たち』がサントリー学芸賞受賞!

 広く社会と文化を考える、独創的で優れた研究、評論を行う個人を顕彰する「サントリー学芸賞」。第43回を迎える同賞の2021年度の「芸術・文学」部門にて、川瀬慈著『エチオピア高原の吟遊詩人――うたに生きる者たち』が受賞。12月21日に贈呈式が行われました。

川瀬 慈(かわせ いつし)
(国立民族学博物館人類基礎理論研究部・准教授)

川瀬 慈

【サントリー学芸賞】

https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/

【受賞のことば】

https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/essay/2021_03.html

【選評】

 芸術・文学部門の選考委員会でいつも話題になることに、「学芸賞」のキモは、「学」だけでなく「芸」も求められるところにあるという話がある。人文系の賞というと、重量級の研究書というイメージが強いが、そういうものばかりでなく、味のある文章で人を魅了するような著作も積極的に取り上げて人文学の奥行きを示すことも、この賞の役割だという意味である。近年は博士論文を単行本化した著作が増え、いささか「学」に偏りすぎた状況になっていることが問題化していたりもするのだが、そういう中で、この川瀬慈氏の『エチオピア高原の吟遊詩人――うたに生きる者たち』は、まさに「芸」の部分が高く評価されての受賞となった。
 「アズマリ」「ラリベラ」などの名で呼ばれる、エチオピア北部で音楽を職能として活動する人々の姿を描き出した本であるから、学問領域で言えば文化人類学、民族音楽学といったあたりになる。この領域は言うまでもなく、われわれの素朴な感性や認識に忍び込んでいる西洋中心主義などの価値観の歪みを排除することが至上命題となるから、「学」となると、どうしても二重三重に防御をめぐらしたような議論になってしまい、そこに生きる人々の姿を活写するようなものにはなりにくかった。川瀬氏の著作は、まさにその正反対をゆくものであると言って良い。
 圧巻なのは、川瀬氏が、仲間にしか通じない隠語でかたく結ばれた共同体に入り込み、とりわけ子どもたちとの間に親密な交流を作り上げてゆくあたりの、つねに川瀬氏自身の姿が前面に出てくる記述である。「学」の世界の言説ではなかなか見ることができないようなもので、何とも楽しげな雰囲気に満ちている。
 もちろん、良い話ばかりではない。彼らが隠語で歌う即興的な歌の中で、川瀬氏自身が余所者として揶揄された話などもある。映像人類学が専門である著者が、家の軒先で歌い門付(かどづけ)を行うことを生業とするラリベラの人々の活動を追う記録映像を撮影していた時の話にいたっては、乞食のような姿が映像によって外国に紹介されることへの危惧をいだいた地元の人々が著者の撮影を激しく拒絶した話なども出てくる(この場面は著者の制作した『ラリベロッチ ―― 終わりなき祝福を生きる』という映像作品に収録されており、YouTubeでも見ることができる)。著者は楽しげなスタンスを取りつつも、「学」が直面している問題に、よりシビアな形で日夜向き合ってきたとも言えるのである。
 実際、本書には、彼らの音楽を「再発見」して欧州に紹介したフランス人の音楽プロデューサーや、「アーティスト」として世界デビューを果たしたアズマリの話など、「学」にとっては「取扱注意」の話題もいろいろ出てくるのだが、「現場目線」を通すことでこうした問題もまた違った形で見えてくることを、本書は教えてくれる。
 本書の最後には、コロナ禍で仕事の機会を失っているアズマリたちが、テレビ番組に出演し、手洗いやソーシャル・ディスタンシングを奨励する歌を歌ったという話が出てくる。しなやかに、またしたたかに生きてきたこのような人々の活動を捉えるやり方としては、「学」よりも「芸」の方が合っているのかもしれない。

渡辺 裕(東京音楽大学教授)評


【贈呈式の様子】


12月21日、東京會舘で行われた贈呈式での記念撮影写真。受賞者とサントリー文化財団理事長・鳥井信吾氏(前列中央。右隣が川瀬氏)

  
受賞者会見中の川瀬氏(左)と「芸術・文学」部門受賞作品について講評する選考委員の東大教授・三浦篤氏(美術史学者)


川瀬慈氏インタビュー

「エチオピアの吟遊詩人を追いかけて20年、隠語を習得して心をつかんだ研究者・川瀬慈」


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