エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って
川瀬 慈  

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

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エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち

※全24回の連載をもとに、加筆・変更・再構成して書籍化。
※Web連載は、現在は第10回まで掲載しております。続きは書籍でお楽しみください。

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第10回 蝋と金、イメージの世界への潜行

 さあ、ここから、アズマリの歌のさらに奥深い世界を潜行していくことにしよう。聴き手は歌詞の上っ面の情報を受け止めるだけではいけない。アズマリの歌に誘われ、その奥に拡がる、イメージの世界に深く深く潜っていくのだ。
 アズマリの歌いまわし、セムナ・ワルク(“蝋と金”の意)について詳しく解説したい。ここにおいて、「蝋」は歌詞上で字義通りに理解される特定の単語や節、ひとまとまりの段落を意味する。一方「金」は、蝋が徐々に溶けることによってあらわれ出る歌詩の深淵、イメージの世界を指す。「蝋と金」は、アズマリのレパートリーのなかでも最も古くから伝承されてきた歌とされるゼラセンニャ(またはメディナとも呼ばれる)の中に顕著だ。蝋と金はそれぞれの詩のまとまりの最終行にみられるといった規則性がある。ゼラセンニャは、演奏機会がどのような場であれ、演奏を始める際に男性アズマリの独唱によって歌われる。曲に一定の拍子はなく、いわゆる語りに近い。この歌は神への賛辞をあらわす導入部に始まり、その後2行から8行に渡る、意味内容が完結する短い詩が連なっていく。ゼラセンニャには、2行ごとにみられるベトゥメタ(韻を打つ)や、3行以上押韻が続くベトゥダッファ(韻があふれる)が交互に織り込まれ、曲全体に昂揚感が与えられている。

Lema GebreHiwot, Medina ena Zelesegna

Getamessay Abebe, Medina ena Zelesegna

 ここでは、「金」を導き出すための具体的な修辞上のトリックをゼラセンニャから部分的に抜粋した詩を事例に説明する。まず、特定の語を、似た発音の語と入れ替え、金、すなわち隠されたイメージの世界を導き出す事例を紹介したい。

 ተዛለይ የለች ሸክላ ሰሪ
 むこうのほうに壷づくりの女性がいる
 ደሃ ነት አሉኝ ጦም ኣዳሪ
 彼女は貧しく餓えている
 ማን በነገራት ጥበቡን
 誰が彼女に告げようか
 ገል አፈሪ መሆኑን
 粘土 が壺に適していると

 ここでは4行目の粘土に蝋と金がみうけられる。隠された意味を導くには、粘土ገልの発音を変化させ、ገል/gäləをገላ/gäla(名詞:身体)とする。አፈሪ/afärは大地、土壌、泥 といった意味でもうけとれるので「人の体はいずれは大地に帰っていく」というイメージが導き出せる。

 በቅሎ ገዝቸ ከጎጃም
 ゴッジャムでラバを買った
 አጭሪ አደለች ረዥም
 ラバは大きくもなく小さくもない
 ጎንደሪ አምጥቸ ብሸጣት
 ゴンダールに運び売ることを考えていたが
 ስሜን ወሰደው አጠፋት
 スィメンで消えてしまった

 ゴッジャム、ゴンダール、スィメンはそれぞれエチオピア北部の地名である。一見、歌詞を上っ面だけ見る限りでは、売る予定であったロバを無くしただけのたわいもない話に聞こえる。しかしここで一つの単語の発音を少し変えるだけで、金が導き出される。ስሜን/səmenə を似た発音のስም/səmə(直訳:名前)と入れ替える。すると「ስም/səmə(名前)が消えてしまった」となる。アムハラ語において「名前が消える」は、「名誉が汚れる」や「盛んであった権威や名声がすたれる」ことを意味する。この詩によって「名誉が汚れる」というイメージが導かれる。

 次に一つの単語を異なる二つの単語に分離させ、金を導き出す事例を紹介する。

 የዛሬ ዘመንማ ገበሬ
 近頃の農民達は
 ምድሪ አያውቅም አስከ ዛሬ
 農地に関してなにも知らない
 ጭንጫ ነው ብለህ አትለፈው
 ここは砂利混じりの土だと言って 通り過ぎてはいけない
 እረሰው አፈረ ነው 
 耕せ!ここは 土であるから

 ここでは、耕せ!に、蝋と金がある。命令文እረሰው/ʾäräsäwə「耕せ」をእረ/ʾärä(感嘆詞:え!あれ!)と、ሰው/säw(名詞:人)に分ける。 あれ! 人は 土である。「人は(いずれは)土になっていく」という大意が導き出されるのである。
 次は逆に、異なる二つの単語を接合させることによって、一つの新たな語を導き出す事例である。

 መልካም አገረ ነው ጎንደር
 ゴンダールは祝福された場所
 ቤተክርሰቲያን ስም ለማደር
 人々は教会の活動に日々を費やす
 አይቀርምእነ ዳኝነት
 裁きは避けることができない
 ከተማ ሰው መግባት
 町の人が入ってくる

 この場合、一見すると、詩の内容に統一感がなく意味がわかりにくい。しかしながら、ከተማ/kätäma ሰው/säw(ከተማ 形容詞:町の、都会の、ሰው名詞:人)を、ከተማሰው/ kätämasäwとつなぐと「死者を葬る/土の中に埋める」という意味の動詞になり、3行目の「裁きは避けることができない」に対応する。したがって「人が土の中に入れば(死ねば)、裁きを避けることができない」という死後の世界に対する観念がうかがえる。 次に語を切り離し、新たな語を部分的に付け加える事例をみてみたい。

 ደምበጫ ሲደረሰ የመሸብኝ
 デンベチャについたとき、あたりはもう真っ暗であった
 ገነ ደሞት አለብኝ
 ダモトゥにはまだ到着しない

 デンベチャもダモトゥもそれぞれアムハラ州の地名である。デンベチャにやっと着いたが、今日中に急いで目的地であるダモトゥに到着せねば完全に日が暮れてしまう、という焦りが感じられる内容である。ここでは、ダモトゥዳሞት/damətəをዳ/daとሞት/mətəと切り離し、ዳ/daの接頭にዕ/ʾəを加える。するとዕዳ/ʾəda(名詞:義務、負債)・ሞት/mətə(名詞:死)という別々の2単語が生成され、「死という義務がわれわれには残されている」、あるいは「死を乗り越えなければならない」という意味が導き出される。以下もダモトゥに着目し、語を切り離し、新たな語を部分的に付け加える事例である。

 ከጎጃም ዳምት ማን ይበልጣል በስፋት
 ゴッジャムとダモットではどちらの面積が広いだろう
 መብለጡንማ ጎጃም ነው ትልቁ ዳሞት ነው
 ゴッジャムのほうが面積は広いけど(本当に)大きいのはダモット

 この詩の場合も、前出の事例と同じ方法で金を導く。ダモトゥዳሞት/damətəをዕዳ/ ʾəda(名詞:義務、負債)とሞት/mətə(名詞:死)と分ける。すると「死は人にとって大きな義務である」というイメージが導かれる。
 以下はこれまでの事例とは異なり、詩のまとまり全体を象徴する内容を読みとる事例である。

 ወልዱን ዕግዝአብሄሪ ሸማኔነህ አሉ
 神様は機織職人
 የንተ ሸማኔ ኖት ምኑ ይነፋቃል
 しかしながら 神様の機織りは下手である
 በኋላ እየሰራህ የፊተኛው የልቃል
 前方で織ってゆくにつれ 手前でほどけていく

 これは全体が蝋ともいえる。機織りを“神による人の創造”に喩えている。神はどんどん人を創り出していく(織り上げていく)が、同時に、以前創られた人々はどんどん亡くなっていく(ほどけていく)。人に必ず死ぬ運命を与える、神に対する諷刺と受け取ることができる。また同時に、人が、神によって死という定めを与えられることへの諦観をうかがうこともできる。
 以下も詩のまとまり全体を象徴する内容を読みとる事例である。

 የባቶቻቺን ውሃ ዋና
 我々の父達が泳ぐときは
 ላይ በላይ ነበረ በወላ
 水面上を泳いだ
 የዛሬ ልጅች ይበልጠሉ
 今日の子供たちは父の世代より優っている
 ውስጥ ውስጡን ይሄዳሉ
 内側 内側 を泳いでいく

 内側 ውስጥ /wəsəṭはアムハラ人に「秘密を隠す」、或いは「知識深さ」を想起させる。よって、「今時の子らは 物事を隠して打ち明けない」もしくは「今時の子のほうが昔の人よりも賢い」と、金が多義的に解釈できる。
 聴き手は「蝋」のパートを注意深く聴き取る。そして「金」を導き出すための修辞上の作業を頭の中で行うことが求められる。しかしながら実際には、聴衆の「金」の理解が常に確約されているとは言い難い。以上の事例が指し示すように「金」が包含するイメージは抽象的で、多義的に解釈可能である。ゼラセンニャを聴きながら、誰もが免れえない運命、死について思いをはせる。神への畏敬の念がこみあげて、涙を流す者もいる。
 エチオピアの封建社会の諸侯たちとアズマリの密接な関わりが蝋と金を生み出し育んできたと述べる歴史家もいる。すなわち、蝋と金が、被支配者から権力者や国家体制などの支配勢力に対して、対抗的なメッセージを伝達する媒体として機能してきたというのだ。アズマリは、時の権力者をほめ称えるのみならず、この蝋と金によって婉曲的に揶揄し、攻撃してきたというのである。しかし、現在のアズマリの歌にみられる蝋と金は、死生観などの観念的なモチーフが大半であり、必ずしも被支配者と支配者という対立構造が明確にみられるわけではない。むしろ、エチオピア北部のアムハラ社会の死生観や無常観につながるイメージを長い歴史のなかで蓄積してきた可能性があり、蝋と金の分析に関しては、その起源も含めて、北部の主要な宗教であるキリスト教エチオピア正教会の宗教教義とのつながりのなかで、慎重に考察されていくべきだろう。
 アズマリはエチオピアの社会の中で親しまれると同時に、蔑まれながらもさまざまな役割を担ってきた。人々との豊かなやりとりを中心とするパフォーマンスを行うコミカルな歌手としてエチオピア国内外に広く知られるアズマリ。そんなアズマリが、生と死をめぐる観念の世界に人々を誘う。そこに一元的で、固定的な答えや、わかりやすいメッセージは待っていない。人はゼラセンニャを聴きながら、広大なイメージの海を、自らの想像力のみを頼りに、深く、深く潜行していくのだ。

※第10回のお話は、下記の既刊論考を一部抜粋し、加筆修正しました。

  • 参考文献
  • 川瀬慈2016「エチオピアの音楽職能集団アズマリの職能機能についての考察」『国立民族学博物館研究報告』41(1) pp.37-78.
  • 川瀬慈2017「蝋と金 -エチオピアの楽師アズマリが奏でるイメージの世界-」『異貌の同時代 人類・学・の外へ』渡辺公三・石田智恵・冨田敬大編 以文社 pp. 339-352.

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