エチオ・ジャズ狂
川瀬 慈  

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。 映像人類学者。国立民族学博物館准教授。エチオピアの楽師、吟遊詩人の研究に基づき、映像作品、詩、小説、パフォーマンス等、既存の学問の枠組みにとらわれない創作活動を行う。主著に『ストリートの精霊たち』(2018年、世界思想社、鉄犬ヘテロトピア文学賞)、『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(2020年、音楽之友社、サントリー学芸賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞)、詩集『叡智の鳥』(2021年、Tombac/インスクリプト)等。http://www.itsushikawase.com/japanese/

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第7回 伝統音楽から照射するエチオピアの“モダン”NEW

アズマリ絶やさないで
アズマリがんばれ
アズマリ続けて

 一人の女性がマイクを握り、客席からステージに向かって叫ぶ。するとステージ上のエチオピア人歌手、ドレッドヘアーの小柄な青年は、弦楽器を片手に彼女から投げかけられたことばをリピートする。彼が抱える楽器マシンコは、山羊の皮を貼ったひし形の共鳴胴と馬の尾の毛を束ねてできた弦で構成される擦弦楽器だ。もともとは、白かったはずであろう山羊の皮は薄い土色に変色し、なかなか味わい深い雰囲気を出している。青年は片言の日本語しか知らないはずだ。しかしなんと、客席から彼にむかって投げかけられた日本語(彼自身、はじめて耳にしたであろう音の連なり)を一字一句模倣して、一部発声に苦労しながらも、マシンコのメロディにのせて客に歌い返すという芸当を難なくやってのけてしまった。

 それだけではない、そのあとに続く彼のパフォーマンスにも唸らされた。まず、“望郷”や“追憶”を意味するTezetaと呼ばれるエチオピア北部の代表的なペンタトニックスケール(主にCDEGA)を軸とした演奏で、エチオピア農村の伝承歌を哀愁たっぷりにしっとり歌い上げ、客席をしんみりさせる。すぐそのあとに、ノート型パソコンに入れてきたリアーナRihanna、そしてエド・シーランEd Sheeran等、いまどきの世界的ポップスターによるノリのよい楽曲を大音量で流し、マシンコによって歌の主旋律をなぞる(いわゆるユニゾン)という、コミカルかつ圧巻の演奏を見せつけたのだ。彼の演奏に促され、おもわず立ち上がり踊り始めた客も多い。アクロバティックなパフォーマンスをまのあたりにした客席からは感嘆の声があがり、会場を揺らすがごとくの拍手がおくられた。
 これは2023年10月29日、一般社団法人エチオピア・アートクラブが主催する「東京アズマリ・ナイト~映像と演奏で紐解くエチオピア伝統音楽の世界~」(於:港区立伝統文化交流館)での光景だ。本イベントでは、拙作ドキュメンタリー映画『アズマリ-声の饗宴-』(70分)の上映、そして本作に登場する、擦弦楽器マシンコの奏者、ハディンコHaddinQoことハディス・アラマイヨー氏による歌と演奏のデモンストレーションが行われたのである。ハディンコは世界的に活躍するアズマリである。演奏で世界をかけめぐる忙しい日程のなか、数日間だけ東京に招聘されたというわけだ。

東京アズマリ・ナイトの様子
写真提供 : 山本純子(エチオピア・アートクラブ)

 まず最初に、そもそもアズマリという音楽家が何であるかきちんと説明したい。エチオピアの大衆音楽は、おおまかに、バハラウィ、ゼメナウィというカテゴリーによって区分される。バハラウィは“伝統的”、“文化的”、といった形容詞。ゼメナウィは“モダン”という意味合いで用いられる言葉だ。伝統的というと、何か重々しく、古から脈々と受け継がれる営みを想起するかもしれない。しかしながら、例えばアコースティックの伝統楽器によるパフォーマンスや、民族舞踊をみせるような店を指してバハラウィと呼ぶことも多い。シンセサイザーや電子楽器を用いたバンド演奏、さらにDJ音楽を全面に押し出すナイトクラブはゼメナウィの範疇に入れられる。そのようななか、弦楽器マシンコを奏で歌うアズマリはエチオピア北部の社会において活動を行う世襲の音楽集団であり、当然のごとく“バハラウィ音楽”の代表格的な存在として庶民のあいだでは広く認識されている。アズマリは、道化師、放浪の吟遊詩人、政治的な扇動者、社会批評家、庶民の意見の代弁者、王侯貴族お抱えの楽師などとして、古くから社会的に広い範囲で活動を行ってきた。現在は主に、結婚式、洗礼式や家屋の新築祝いなどの祝祭儀礼に呼ばれて男女のペアで、あるいは単独で歌う。酒場にふらりとやってくる“流しの芸人”のような者もいる。北部の主要な宗教であるキリスト教エチオピア正教会に関わる儀礼の場で歌うことによって、儀礼の進行を司ったりもする。首都のアジスアベバにおいて活動を行うアズマリの多くは北部アムハラ州、主に古都ゴンダール界隈の村々にルーツを持つ。パトロンである王侯貴族から報奨として受け取った土地がのちに“アズマリの村”として発展していったといわれている。ゴンダールから青ナイルの源であるタナ湖に向けて、南へ約30キロほど下った場所に位置する村、ブルボクスは、エチオピア国内外で活躍する音楽家を多数輩出したアズマリの村として、全国的に知られている。
 アズマリが最も得意とするのはほめ歌だ。歌い手は歌いかける相手の容姿や職業などをテーマに即興でほめ歌を繰り出し、相手を良い気分にさせチップを受け取る。アズマリによって歌われる内容は多様である。ここで重要なのは、客席にいる聴き手も、アズマリの歌に積極的に参加するということだ。すなわち、聴き手も歌詞を即興でつくりあげ、歌い手になげかけるのだ。歌い手は一字一句、聴き手がつくった歌詞を模倣するのである。アズマリの歌を通して聴衆どうしが政治的な議論を行う場合もあるし、客同士がアズマリの歌を通して互いに褒めたたえ合ったり、喧嘩するようなこともある。
 エチオピア北部の都市では、1990年代初頭の社会主義政権崩壊にともなう夜間外出禁止令の解除以降、アズマリ音楽専門のクラブ、通称“アズマリベット”が増加した。多くのアズマリベットは、農村で使用される民具の実物が飾られ、演奏者は農夫のコスチュームを纏い、農村の牧歌的なイメージを醸し出す。いわばアズマリベットはいなかっぽさが意識的に演出される場なのだ。都会人に対して、いなかへの憧憬をかきたてるかのようでもある。アズマリベットの夜は長く熱い。客たちの中には、自身のお気に入りの歌い手がいる店を朝まではしごする者もいる。アズマリベットにはまた、プロの踊り子が配属され、エチオピア諸民族の舞踊を踊る。客たちも座って見ているだけではない。立ち上がり、踊り子たちと向かい合い、肩をこきざみにふるわせ、全身を波打たせるイスクスタという踊りに参加する。皆混然一体となるのだ。

 十月下旬の港区でのイベントの話に戻りたい。本イベントで上映された拙作映画の主なテーマは、アズマリの音楽文化の真正性や継承の問題である。作品冒頭は、アジスアベバの歓楽街、チチニアにあるアズマリベットにおける、アズマリのパフォーマンスをノーカットでとらえた16分にわたるロングショットだ。

『アズマリ-声の饗宴-』(川瀬慈監督)より

 ここで客たちから歌い手に投げかけた詩のテーマが興味深い。男女の恋愛に関わるものから、新型コロナウィルスの世界的な蔓延、大エチオピア・ルネサンスダム(GERD)建設をめぐるエチオピア、エジプト、スーダン間の外交摩擦。また近年、エチオピアが経験した内戦についての詩も登場する。2020年、エチオピア連邦政府軍と、かつて長らくエチオピア政権の中核を担ってきたティグライ人民解放戦線(TPLF)の衝突が北部で勃発した。内戦ぼっ発から二年後に和平協定が結ばれたのであるが、現在に至るまで、同国の政治状況が安定していると言い難い。この内戦に関わる生々しい詩が歌い手のアズマリ、さらには客たちから聞くことができる。さらに、現政権のリーダーである、アビィ・アフメド首相への評価も辛らつだ。2019年、それまで紛争の絶えなかった隣国エリトリアとの外交の再開、和平実現をはじめとするさまざまな取り組みが評価され、アビィ・アフメド首相がノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しい。『アズマリ-声の饗宴-』のなかでは、客から首相が推進した緑化運動に関わる詩がアズマリに投げられる。しかしながらその詩は、首相への賞賛ではなく批判なのだ。政府は植林活動をすすめるうえで、多くの庶民を強制移住させ、多くの人々が土地や家を失ったのである。
 アズマリの歌は、エチオピアの社会情勢や庶民の気持ちを映し出す鏡といっても過言ではない。歌を通してエチオピアの、さらにはエチオピアをとりまく世界の“現在地”が活写されていく。冒頭に紹介したハディンコはちなみに、シンセサイザーや電子楽器を用いたバンド演奏時のマシンコの即興演奏も得意とする。DJとのコラボレーションも朝飯前だ。バハラウィ(伝統)、ゼメナウィ(モダン)の境界線を溶解させ続ける革新者の今後の活動から目が離せない。


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