エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈
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第8回
地域社会での演奏機会(3) 農作業とアズマリ、“いなかっぽさ”の演出

 「我々はテオドロス皇帝の国、ゴンダールの勇者だ。敵どもよ覚悟せよ!」。収穫作業を行う農夫たちの後ろからアズマリが叫ぶ。今日はテフの収穫日。イネ科の穀物テフは主食インジェラの原料であり、ゴンダール界隈のみならず、エチオピアの人々にとっては欠かすことができない重要な穀物だ。日本人の大多数にとってのお米のような存在といえばよいだろうか。農夫たちは雨季(グレゴリオ暦の6月から8月下旬)の間にテフの播種を行う。エチオピア新年やメスカル祭のはなやかで、心浮き立つ季節(9月-10月)がひと段落すると、ゴンダール近郊の農村ではテフの収穫に忙しい季節を迎える。この時、ダバイトゥあるいは、ダボと呼ばれる共同作業によるテフの刈り入れが各地で行われる。収穫作業では、農夫たちが6-7人の集団で横一列に並び、いわゆるうさぎ跳びを繰り返す。膝を曲げた、しゃがんだ姿勢のまま、両足首のバネを使った跳躍をくりかえす。左手はテフの茎の根本を握り、右手は鎌を持つ。跳躍する勢い、すなわち上半身が伸びる力を利用し、鎌をぐいっと手前に引く。そうすることで、効率よく、しなやかに踊るようにテフを刈りとっていく。惚れ惚れするリズム感、一体感だ。
 せっせと作業を行う農夫たちのすぐ後ろで、赤ら顔の中年のアズマリの男性が、マシンコを弾きながらシェレラと呼ばれる類の歌を歌っている。いや歌というより、雄たけびをあげているといったほうがよいだろう。かつての兵士たちは、戦場で敵と面し、いきなり一戦交えるのではなく、このシェレラを通して、名前と出身地を名乗り、自己の武勲を誇示し、相手を威嚇したという。本日収穫作業を行う農夫たちは、アズマリによる大げさな“演出”によって、どうやら皇帝テオドロス2世配下の兵士たちに仕立て上げられたようだ。ゴンダールに生まれ育ったテオドロスは19世紀にマグダラの戦いで英国軍と果敢に戦い敗れ、自害した。彼はカリスマティックな統治者であったと同時に、残忍極まりない暴君でもあった。ゴンダールでは、彼の武勇伝が語り継がれ、歴史上の人物のなかで最も人気がある存在だ。

 テフの収穫作業とアズマリ  

 アズマリはシェレラとともに時折銃声を象徴するかのような擬声を用いる。彼は黄金色のテフ畑を兵士たちが撃ち合い、斬りあい、血を流す戦場に読み替えていく。マシンコの演奏を通したシェレラと、この銃声の模倣に急き立てられるかのように、農夫たちの跳躍は勢いを増し、鎌の動きはより素早くなる。ピョンピョン飛び跳ね、喉の奥をぜえぜえ、ぜえぜえと鳴らしながら、みな一体となって、アズマリの雄たけび、マシンコの演奏にこたえるのだ。この見事なうさぎ跳びの運動にあっけにとられていると、突然農夫たちは鎌を投げ捨て、両手を腰にやり、二人一組で互いに向き合う。そしてマシンコの演奏に合わせて肩をふるわせ、サッブサッブの掛け声とともに、踊り狂う。すると感極まった一人が「マダーニアラム」と叫び、天を仰ぐ。マダーニアラムは、エチオピア正教の支柱である聖母マリアによる救済を意味する。ああ、マリア様、あなたの恵みに感謝します、といったところか。穀物の収穫をめぐる、心の底からあふれ出る人々の歓喜と感謝の叫び。
 さてと、今日はもうあと少しで作業がひと段落。ここで少し休憩といこうか。「皆、飲め、飲め、全部のみほすんだぞ」やかんを手に持った農夫の一人が叫ぶ。やかんのなかには地酒のタラがたっぷり入っている。ソルガムや大麦、テフなどを原料とする醸造酒。あらゆる祝祭儀礼、作業の場で飲まれる北部を代表する地酒だ。農夫たちは、牛の角でできたカップを手に持ち我さきにとやかんのまわりに集う。アズマリも演奏をしばし休止。農夫たちといっしょにタラを飲むのだ。皆のカップになみなみとタラが注がれていく。タラは容器からあふれ、農夫たちの分厚い掌をつたい、腕をつたい、こぼれ落ち、大地にしみわたる。大地は喜びの声をあげる。もったいない、ということはない。人々は、ふだんからことあるごとに地面にタラを注ぎ、大地がもたらす恩恵に感謝する。遠出する際には、川を越えるたびにペットボトルのなかに入れたタラを少し、掌にたらし、それを川に数滴ふりかける。こうして旅の安全を祈願するのだ。「さあ、飲め、飲めこれが蜂蜜酒だと思って飲みやがれ」。アズマリの勢いよい掛け声が高原に響く。蜂蜜酒(タッジ)はタラより高価な酒である。上機嫌なアズマリによる、あからさまなジョークだ。やかんが空になれば、すぐにまた、新たなやかんが運ばれてくるだろう。冗談はさておき、さてと休憩はここまで。作業に戻らねば。農夫たちはタラの酸っぱさに顔をゆがめながら、ほろよい気分で、せっせとテフを刈り取っていく。
 ゴンダールの農作業時にみられるアズマリと農夫たちの豊かでコミカルなやりとり。この時のアズマリの役割については、社会的機能というキーワードをもとに、いろんな側面から論じることが可能かもしれない。たとえば、作業の効率をよくするためにアズマリは演奏を行っている、あるいは、演奏を通してきつい労働を楽しい娯楽に変える等々。しかし、まあ、そんな小難しい話はここではよそう。アズマリは、マシンコの演奏で人々の感情を司り、煽り、それを天に、大地に解き放つコンダクターなのだ。
 ところで、アフリカの音楽文化についての紹介のなかでは、しばしば「アフリカでは音楽と生業は深く結びついている」という定型の語りをよくきく。僕がゴンダールの農村でかつて経験した、上記のようなある種、牧歌的な風景が、現在も各地で展開しているのなら、そのような語りもありなのかもしれない。しかしゴンダールの地域社会においても、当然ながら農作業のありかたは変化していく。作業時における機械化、合理化が着々とすすんでいるという。アズマリの歌と演奏が司る、タラの匂いに彩られた楽しく愉快なテフの集団収穫は、今ではまったくみられなくなった。労働の様式の変化を嘆き、過去の情景に固執し、懐かしんでいる場合じゃない。
 農作業のかつてのイメージが、都会のなかにユニークなかたちで投影される場がある。都市においてアズマリベット(アズマリの家)と呼ばれるアズマリ音楽専門のクラブが増加する傾向にあることを、第5回に少しだけ述べた。アズマリベットでは農村の生活をモチーフにした民具、例えば農夫の弁当箱アガルグルや、ヤギの革をなめしてつくる敷物アゴザ等が飾られ“いなかっぽさ”が意識的に演出される。また、お店の専属のアズマリや踊り子たちは、アムハラの民族衣装と同時に、都会人からみたら嘲笑の対象となるような恰好、すなわち農夫が着る作業衣(Tシャツに緑色のコムタと呼ばれる短パン、麦わら帽子)を纏いパフォーマンスを行う。逆に言えば、このようないなかっぽさは、客たちがアズマリベットに求める世界観だといえる。
 いなかっぽさの演出と強調に関しては、アズマリが出演するミュージックビデオにもしばしばみうけられる。エチオピアの国営テレビであるETVには毎晩、ミュージックビデオが流れる時間帯がある。ここでは、ミュージシャンたちの最新のミュージックビデオを観ることができる。アズマリのミュージックビデオにおいては、エチオピアの田舎の生活や伝統的な価値観が強調される。例えば、2013年に発表されたゴンダール出身のアズマリ、メラク・シサイ(後述するアズマリの村で、僕が最初にホームステイした一家の長男)による歌「バハラッチン」(わが文化)のミュージックビデオでは、‟ヤガル・バハル”(国、故郷の文化)を礼賛するフレーズが繰り返される。

Melaku Sisay “Bahalachin”

 色々な民族文化が紹介されるが、国といっても、ここでは主にエチオピア北部の文化の紹介が中心だ。とくにこのビデオは、アムハラ人社会の伝統的な生活様式を紹介する内容となっている。本ビデオでは、庶民の生活にとって重要な位置を占めるコーヒーセレモニーから、人々が円になって食卓を囲む姿がみえる。ここで人々は、牛の生肉や鶏肉を具にしたごちそうを食べ、タラを飲む。大人が水で手を洗うのを手助けする子供たちや、互いにお辞儀をしあう人々が映し出され、社会的な美徳が描写される。また、エチオピア正教会に関わる諸儀礼やお祭りの映像が挟まれる。そして、ラリベラの岩窟教会、アクスムのオベリスク、ゴンダールのファシル城等、エチオピアに存在するユネスコの世界遺産の映像が要所に登場する。ワシントと呼ばれる竹製の笛、クラール、ヴェゲナ、マシンコ等の弦楽器、トゥルンパ、エンビルタ等の伝統的な楽器が壮大な高原をバックに紹介される。そして、農作業時に農夫が着る作業衣を纏い踊り子たちがグループダンスを踊るのだ。アズマリのミュージックビデオは、急激に変容するエチオピア社会において、社会的な秩序や道徳を人々にリマインドし、農牧を軸とした牧歌的なライフスタイルへの憧憬を煽るのである。同時に、理想的なエチオピア北部の文化(特にアムハラ州の)の自画像を積極的に生産しているとも考えられる。

  • 参考文献
  • 川瀬慈2016「エチオピアの音楽職能集団アズマリの職能機能についての考察」『国立民族学博物館研究報告』41(1) pp.37-78.
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