エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈

第17回
ラリベラの歌

 日がまだ昇らない薄明の高原の町に呪文のような男性の声が響き渡る。そこに歌詞のない女性の歌がおおいかぶさりのびていく。またそこに男の声が重なる。男女の歌のかけあいが延々と続いていく。
 薄暗い通りの端で、バケツの水をくみ、顔を洗う子供がいる。女が家の玄関先でうちわを使って炭火をおこしている。朝ごはんのおかずを煮込むのだ。
 そこへラリベラの夫妻はのっそりやってきて、ここの主人は誰だ?と住民にストレートに聞く。たずねられた者は、夫妻の突然の来訪とただならぬその雰囲気に圧倒されながらも、その家の主人の名前を告げる。どうやらストータという名の男性の家とのことだ。

 軒先で歌うラリベラ夫妻

 雨季の始まるゴンダールにラリベラの夫妻がやってきた。ゴンダールの南、ゴッジャムのデジェンという町を出発し、一年のほとんどを旅と歌に費やすボッガラとアイザレッチだ。夫ボッガラは70歳、妻アイザレッチは60歳ぐらいであろうか。その歌の内容は、聴き手の気持ちを昂揚させ、施しにかりたたせる一種のほめ歌である。夫妻の老練な歌の歌詞を以下にじっくりみてみることにしよう。

ከስጦታው ቤት ከጌታየ ቤት
ストータの家では ストータの家では

ቢገኝ ጠጅ ይጠጣል ቢጠፋም ወተት
蜂蜜酒が振舞われ(タッジがないときは)ミルクがふるまわれる

ይወለድ ይወለድ እንዳንተ ያለ ጀግና
あなたのような英雄がたくさん生まれますように

ይወለድ ይወለድ እንዳንተ ያለ ልጅ
あなたのような子供がたくさん生まれますように

የሚያበላ ጮ ማ የሚያጠጣ ጠጅ
あなたは脂肪とタッジを人々に分け与える

ዝምታ የኩነኔ ቦታ ነው
静寂は罰を受ける場にふさわしい

 エチオピア北部の食卓において、調理された牛肉のなかで、美味な部位とされる脂肪、そして祭の場でふるまわれる蜂蜜酒、タッジ。これらはこの場合、富や権力の象徴と理解することができる。ストータがごちそうや美酒をふるまう太っ腹な人であるという物語をつくりあげているのだ。
 そして押韻による抑揚も彼らの歌の重要な要素である。以上では、1行目と2行目、4行目と5行目に押韻が見受けられる。同時に、3行目と4行目のセンテンスの冒頭:ይወለድ ይወለድ(イェウォルドゥ、イェウォルドゥ:生まれますように、生まれますように)のように、特定の語句の反復によって、歌詞に一種の抑揚感を出していることがわかる。6行目では、家の外に出ず、金品を施す様子のない家人(ストータ氏)に対し、静寂は人が罰を受ける場にふさわしいものである、ちゃんと家から出てきて、我々に何か金品を手渡してくれ、と皮肉めいた口調で反語的かつ、婉曲的に施しを誘導していくのだ。歌は続く。

መስጠት ቤት አይፈታም
与えることによって家庭が崩壊することはない

ሞት ነው ቤት የሚፈታው
死こそが 家庭を壊すのだ

እንካ በሉኝና የዕድሌን ልወቀው
「ほらどうぞ」と言って 私に与えて私の幸運を証明して

እንካ በሉኝና የሃብቴን ልወቀው
「ほらどうぞ」と言って 私に与えて私の豊かさを証明して

 上記の「与えること」とはすなわち聴き手がラリベラに金品を施すことを意味する。「家庭を脅かすのは家族の死であって、ラリベラにものをあたえたからといって、何かが変わるっていうわけじゃない。だから我々に何かをください」ある種、婉曲的なベギングであるといえる。2行目、3行目、4行目に押韻(ው)をはさみつつ、たたみかけるように歌いあげていく。

እንኳን ተገናኘን ገለታ ይድረሰው
われわれは神のはからいでまた会うことができた

እንዲህ ይገናኛል ሞት ያልቀደመው ሰው
死が我々を別たないかぎりこのように出会い続けることができる

ድሮስ ደግ ነበርሽ በልጅነትሽ
あなたは子供のころ優しかった

ስጋሽ እየጠና ሳሳ ወይ ሆድሽ
あなたの肉体は衰えてもあなたは子供のときと同じで気前がよい

 ここはaabbの押韻パターンの4行詩。自らの来訪を神のはからいによる必然的な出来事であると論理づけ、聴き手の性格に言及し、徐々に施しを迫っていくのである。しぶとい夫妻だ。

ተው(ተይ) ተመ ስገን በይው የፈጠረሽን
あなたの創造主に感謝しなさい

ታምናው ዘንድሮ ያደረሰሽን
昨年から今年まであなたを生かす

ተዘመኑ ቅስፈት የሰወረሽን
エイズからあなたを守る

ደንበኛው ነጋዴ ነጋዴ ነሽ አሉ አሪፋ ታውቂያለሽ
あなたは優れた商人であると人は言う

ባንድ መቶ ገዝተሽ በሺህ ታተርፊያለሽ
100で買い、1000を得る

 本例においては、1行目から3行目にかけての3行、4行目から5行目の2行すなわち、aaabbという構成で押韻がみられる。100で購入した物品を販売し、1000、すなわち原価の10倍の利益を生み出すことができる。すなわちストータは、商売の才能を持つ商人である、とほめちぎっている。なかなかうまいフレーズじゃないか。なんらかの商売に従事する人物を対象に歌いかける際や、店舗の軒先等でよく使用される歌詞だ。
 玄関先に出てきた家の主人ストータは、朝早くから大声でたたき起こされて不機嫌かもしれない。あるいは何事かと驚き、警戒しているかもしれない。しかしボッガラの巧みな歌が、彼の虚栄心をじわじわ、じわじわとくすぐるなかで、彼の不快感や警戒心は溶解していくのだ。そしてついに、ストータは紙幣をボッガラに手渡すのである。

 紙幣を受け取るラリベラ男性

 そういえば、アズマリの隠語のコミュニケーションについてのお話を覚えていらっしゃるだろうか(第11回)。ラリベラも隠語による会話を活動時に巧みに行うのだ。特に、ラリベラの歌が2名で行われる場合、歌詞と歌詞のあいだで、歌いかける相手についての情報交換がラリベラ同士、隠語を介してなされる。特に、これから歌いかける相手の職業や宗教に関する情報、受け取った金銭の額、家人が在宅か否かの情報が、夫婦間で、あるいは親子間で活動中頻繁に交わされる。集団の隠語は、アズマリの隠語と似通った語彙もあれば、全く異なるものもある。いずれにせよ、一定の旋律にのせられ、歌詞と歌詞の間を縫うように交わされるため、アウトサイダーには歌詞の一部のように聞こえてしまう。アムハラ語話者にはその語が何を意味するのか全く理解できないのである。ラリベラの歌の内容は、歌いかける相手に応じて柔軟に調整されていく。ラリベラは隠語を駆使し、歌いかける相手についての情報を獲得する。そのため、隠語はラリベラの活動を有利に展開させる上で欠かすことのできない技能といえる。
 当集団内では、ラリベラが各家庭を訪問し歌うのは年に1度限りというルールが共有されている。特定の相手に年間2回以上、歌うことは好ましくないこととされる。それはなぜか? 家の住人がラリベラの活動と施しに辟易し歌い手への金品の提供を渋るからだという。あ、またラリベラがやってきた。先月ウチの軒先で歌っていったよ。あんたたちの歌は、もう十分十分、どこか別の場所で歌ってらっしゃい。こんなふうに住人に扱われないように、複数のラリベラが同じ町に居合わせた場合は、活動を行う区域にかんして集団間であらかじめ綿密に打ち合わせを行う。短期間に同じ家、エリアを、複数回訪問することを避けるようこころがけているのだ。

 航空会社オフィス前で歌うラリベラ夫妻

 マシンコの弾き語りと踊りによって、祝祭儀礼を華々しく、コミカルにもりあげるアズマリとは異なり、結婚式や洗礼式、あるいは宴会等、娯楽の場においてラリベラが歌うということはない。しかしながら、ラリベラの村が最も多く存在すると呼ばれるショワ地域の北部において、ラリベラの活動は、上記のような早朝の歌だけではない。この地域でラリベラは、故人を追悼するキリスト教正教会の儀礼タスカル(ラリベラの隠語ではロタと呼ばれる)の場に呼ばれて歌う慣習がある。タスカルは故人の死から40日後、80日後、そして1周忌から7周忌まで故人の親族や近所の住民を集めて行われる。日本の仏教行事でいう法要のイメージが近いかもしれない。タスカルにおいてラリベラは、故人の容姿や、生前の勲功、人間の生のはかなさ等をテーマに歌う。
 ラリベラに歌を歌ってもらった故人の親族は、両方の手のひらを天に向け、アーメン、アーメンと、つぶやきながら、恵みを受け取るポーズをする。そして、歌への報酬として牛の大腿部の肉を歌い手たちに与えるのだ。タスカルの歌唱に対して、お金ではなく、なぜ牛の足を報酬として与えるのか。その起源や背景は定かではない。

  • ※以上の歌詞は2004年6月10日にゴンダールにおいて、ラリベラ夫妻、ボッガラ・アンメヌ氏、アイザレッチ・レンマ氏より採集。
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