エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈

第14回
ひろがるアズマリ・ネットワーク-メケレにて-

 じりじりと肌を焼く日差し。道路をのっそりのっそり横切るラクダ。当然のようにラクダに道をゆずる車と人。細かい砂を含んだ紅海からの疾風が顔を打ち付ける。乾期は涼しく、雨季は暖かい石造りの家屋がたちならぶ。人々のすきっとした端正な目鼻立ちとギラギラした眼差しがこちらを射抜く。ゴンダールから北西へ240キロ、エチオピア最北端の州ティグレの州都メケレ。緑が多く湿潤なゴンダールとはうって変わって、そこはカラカラに乾いた大地だ。1991年以降、長らく政治の実権を握った、エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)の拠点でもある。町のマジョリティは、ティグレ人。使用される言語はもっぱらティグレ語であるが、皆アムハラ語も話し、老若男女バイリンガルである。2004年に初めて訪れて以来、この町を幾度訪れただろうか。最初は音楽・芸能の調査で、そして2011年、2017年、2018年、メケレ大学の客員教員として。どのような理由であれ、僕はメケレに来るたびにゴンダールのアズマリたちの滞在先をおとずれることになる。まあ、親族訪問といったところだろうか。ジブルク通りと呼ばれる歓楽街の界隈が、ゴンダールのアズマリたちの居住地域だ。ジブルクには、蜂蜜酒タッジを飲ませる酒場“タッジベット”が並ぶ。“流し”を行うアズマリたちの活動の舞台だ。ここでは、ティグレ州テンビエ地方の“白い蜂蜜”を発酵させてつくる絶品のタッジが味わえる。タッジベットでおーい戻ってきたぞ、と声をかけるとゴンダールのなつかしい輩たちが続々と顔をみせる。アズマリたちの好意に甘え、彼ら、彼女たちの家でコーヒーのもてなしを受け、時にはドロワットと呼ばれるチキンを煮込んだおかずのインジェラ(客人をもてなす際の最高の御馳走だ)をいただく。ゴンダールの村のたわいもないゴシップは自分がメケレにいることを忘れさせてくれる。

 道路を横切るラクダ  メケレの蜂蜜酒.

 ゴンダールのアズマリのネットワークはエチオピア全土にはりめぐらせられている。首都のアジスアベバを筆頭に、メケレ、バヘルダール、ラリベラ、ハラール、アワサ、ナザレートゥなどの都市で活動を行う楽師の大部分がゴンダールのアズマリ達によって構成される。以上の都市の他、マタンマ、ホマラ、シュレー等、エチオピア北部の交易の拠点にも、ゴンダールのアズマリたちが大小のコミュニティを形成する。皆、市内の特定の地域に間借りをして暮らし、音楽活動に勤しむ。どこの町のアズマリ集団を訪ねても、ゴンダールでかつて交流したり、世話になった面々がいる。初めて出会うアズマリでも、僕が知るアズマリの親族ということでつながり、大概、話が盛り上がるのだ。


 メケレの市場

 2004年、はじめてメケレを訪れ1カ月滞在した僕は、この町でもあいかわらずブルボクス出身のアズマリたちと日常の大半を過ごした。ゴンダールでよくいっしょにつるんでいた子供のアズマリたち数名と再会できたことはうれしかった。子供たちは、親戚と部屋を共有して暮らしていた。子供のアズマリは、メケレでも、あいかわらず町の酒場を流し、歌い歩き、かつがつの余裕のない暮らしぶりであった。どうしても、食いっぱぐれたときは、頼りになる大人のアズマリに金を借りたり、食事をめぐんでもらったり、なんやかんやと助けてもらうことになる。メケレの市内において、子供の音楽家たちが一番頼りにしていたアズマリが、ムカット・ムルカンだ。ムカットはもちろんブルボクス出身。メケレのアズマリの中では名実ともにナンバーワンの歌い手で、祝祭儀礼にプライベートなパーティーにひっぱりだこであった。彼は町の人々から、ゴンダール出身の19世紀の皇帝にちなみ、テオドロスというあだ名で呼ばれている。僕とは同い年ということで意気投合し、長年交流してきた。僕のブラザーといっても過言ではない楽師の一人だ。

 マシンコを背負って演奏の場にむかうムカット  パトロンの家を訪問するムカット.

 2004年には60名ほどいたゴンダールの歌い手たちは、2016年以降のティグレ州とアムハラ州の土地の領有権をめぐる紛争を機に徐々に減少している。そのような中でもムカットと彼の家族はメケレに居座り、音楽活動を続けていくとのことだ。長年培ってきた町の人々とのつながりや信頼関係を何があっても大切にしていきたいとのことだ。
 いずれにせよ、彼のマシンコの腕前は一流。ティグレ語、アムハラ語のほめ歌もおみごと。一見すると、お調子者で洒脱な楽師という印象を受けるが、洞察力が鋭く、忍耐強く俊敏。即興にも長け、楽師の鏡のような男である。僕は彼に誘われ、結婚式、洗礼式、新年のパーティーや酒場等、色々な場所を渡り歩いてきた。彼の歌を求めるパトロンは多い。彼に連れられてメケレ市内の人々の家庭におじゃまし、彼がそれらのパトロンをほめたり、愉快な気分にさせる姿を幾度となくみてきた。ほめ歌で知られるアズマリの中においても、ムカットは突出したほめ歌の名手である。そんな彼のほめ歌をここで紹介しようか。


 チップを受けとるムカット

 以下はメケレ大学の教員寮での出来事。寮に住む大学教員のもとに生まれたばかりの男子の洗礼(キリスト教エチオピア正教会では、男子は生後40日、女子は80日で洗礼を受け、洗礼名を授かる)を祝う宴席である。この宴席を音楽で盛り上げるために招かれた楽師がムカットだ。以下の歌詞において“ミキ”というのは、ミキャエルという男性の名の略称である。宴席に友人たちと参加したミキは、ムカットによってまんまと歌のターゲットにされてしまう。

የእኛማ ሚኪየን ናማ ስንለው
さあ我らがミキ 前に出よ

ጨዋታህ መልካም ቁምነገር አለው
彼のおしゃべりは愉快だが そこに真実が宿る

በናቱ ባባቱ የተመረቀው
父と母の祝福を受け

በቆላ በደጋ ምንም እንከን አለው
暑いところに行こうが 寒い場所にいこうが 何も問題ない

ሚኪየ ልበለው የት ተመን አለው
ミキの人柄は語りつくせないほどすばらしい

ከነፍስሀ ጋር መዋጅክት አለው
フッスハとともに彼(ミキ)は幸せ

ደማሙ ደማሙ
生き生きとしている

ፈሰስ ያለው ደሙ
見た目もチャーミングさ

ሸሚዞቹ ሁሉ ከሰባስምንቱ
彼は78種類のシャツをそろえている

ተፈልጎ አይገኝ ባልንጀራነቱ
彼の友人になることはとても畏れ多い(それほど彼は雲の上の人)

የሁላችን ወንድም ልደታ ነው ቤቱ
我々すべての兄弟 リデタ地区に家をかまえる

አንዳንዴ ነገሩን በሰኔ ሲያጉራራ
彼が話すとき 彼の声は雨季の雨音のように響き渡る

እጆቹም ፈጣን እርሱም ፈጣን ነው
手先が器用ですばしっこい

ዘሩን አንድ አዋቂ አዳም ሲስለው
ある賢者が ミキの家系図をこしらえた

የሁላችን ጥላ ከዚህ ላይ ያለው
すると全人類につながった(ミキはすべての人々の親族)

 以上、ざっと見るとほめすぎなのでは、と思うかもしれないが、アズマリの歌の文脈では、ほめすぎぐらいがよいのである。ミキが78種類もシャツを持っていること、さらに彼が、市内の富裕層が住んでいるリデタ地区に居をかまえていること、について、事実かどうかわからない。おそらくムカットがでっちあげた話なのであろう。しかしながら、このようなたわいもないほめ歌は、聴き手を高揚させると同時に、歌い手に対して、シェレマット(チップ)を与えねば、という気にさせるのだから不思議だ。

 紙幣をおでこに歌うムカット  紙幣を襟元に入れて歌うムカット

 以上、ミキをターゲットに歌っていたら、今度は宴席に、3名ほどの中年のインド人とおもわれる来客やってきた。メケレ大学の教員の3割以上がインド人である。インド人の同僚もパーティーに招待されたのだろう。

ህንድ አገር ተነስቶ ለኛም ደስ አለነ
はるばるインドからやってきてくれてうれしいね

መቀሌ ከተማ መንግስት ሲያኮራነ
(インド人を呼んだ)町の行政を誇りに思う

ህንዱ ከሚስቱ ጋር በጣም ቆንጆ ነው
インド人の妻たちもとても美しい 

የተልፈሰፈሰው ፀጉሩ እንደ ሎፌሳ
髪の毛はスムーズでソフト

ሲመጣ አይጠገብ ሲሄድ አይረሳ
連中が来ればとても楽しく 彼らが去れば忘れ難い

የህንድ አገር ወጣት ኧረ እሱ አይረሳ
インドからやってきた若者たち 我々は彼らを忘れないだろう

 歌のターゲットであるインド人の男性3名は、おそらく年齢は50代あたりの中年の紳士たちだ。そんな彼らに対して、あえて“若者たち”と言ってみたり、エチオピア人とは異なるその髪質をほめてみたりする。ムカットの即興の歌いまわしはなかなかだなあ、と感心して、他の聴衆といっしょになって手をたたいて喜んでばかりはいられない。油断をしていると、歌の矛先はこちらにもむけられるのだ。

ካዋሴ ከንግዲህ በኃላ የመቀሌ ልጅ ወይዘሮዋን አግባት
川瀬よ メケレの女と結婚しなよ

የአብዬአለም ወንድም በስራው ታማኝ ነው
彼(川瀬)が行うすべては 信用できるのさ

ጥርት ያለ ወዳጅ ቁምነገር ያለው
品行方正でまじめなやつ

ሙስና የማይወድ ንፅህነት ያለው
不正を憎む 正直者

ቢያምኑህ አይደለም ወይ ቢተማመኑህ
皆からとても信用される

የኢትዮጰያ ንግድ ባንክ ሰራተኛ አንተን ያረጉህ
銀行職員にもってこい

 ムカットは、こんな具合に、“親族”であるはずの僕も歌のネタにして、人々を笑わせ、その場を盛り上げていくのである。品行方正、まじめなやつ、と言われ、銀行職員に適している、とたたみかけられると、ついポケットのなかの紙幣をさぐり、彼のおでこにペタリとはらねば申し訳ないような気にさせられてしまうのである。

 ムカット宅にて アズマリの同僚との会食  ムカットの妻子 ムカット宅にて
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