エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈

第11回
秘密のことばの秘密

 ゴンダールにおいて、アズマリたちの旺盛な活動におせっかいにつきまとうようになってまもなく、アズマリが独自の“隠語”を用いて集団内でコミュニケーションを行っていることを知った。普段、彼ら/彼女たちは、ゴンダールのマジョリティが話すアムハラ語で会話し、アムハラ語で歌う。アムハラ語は、エチオピア人の大多数が理解する事実上の公用語的な言語だ。なのになぜ、何のために、アズマリはアムハラ語とは異なる言語でコミュニケーションを行うのであろうか。
 僕は、隠語との出会いを今でも鮮明に覚えている。ある日、とあるアズマリの夫妻と通訳を介して色々と聞き取り調査をしているときのこと。インタビューの途中、夫婦が“おかしな言語”で会話をしていることを、調査助手の大学生が発見した。彼は興奮しながら僕に言った「おい、川瀬、何やらこの夫婦はアムハラ語とは別の、わけのわからない言葉で会話してるぞ」。とはいうものの、僕のアムハラ語は当時まだおぼつかなく、アズマリの隠語と、一般的なアムハラ語の差異について理解することはとても難しかった。
 どうやらアズマリにとって、隠語は他集団に教えてはいけない秘密のことばらしかった。隠語は、アズマリのなりわいである音楽活動を支えるうえでの重要なツールなのだ。アズマリは日々の生活において、状況に応じてマジョリティの言語であるアムハラ語を用いると同時に、隠語を使い分けている。
 たとえば、ゴンダールの場末の酒場で、あなたは椅子に腰かけて、一人ビールを飲んでいるとしよう。そこに、酒場を流し歩くアズマリ夫婦がやってきた。二人はあなたをみつけ、あなたの目の前につかつかとやってきて歌いはじめる。いやあ困った、やっかいだなあ、一人でゆっくり飲みたかったのに、というあなたの心の中のつぶやきとは裏腹に、アズマリは勢いよく歌いはじめる。夫はマシンコを弾き、妻は歌を担当。歌はアムハラ語で歌われる。夫は適当に、妻の歌の間に、掛け声、合いの手の類を、投げかける。だがしかし、重要な話はここからだ。実はこのとき、歌詞と歌詞の間を縫うように、アズマリ以外の者には理解できない隠語による情報交換が夫婦間で行われているのだ。

妻(アムハラ語歌詞を客に歌いかける)
“花の都 ゴンダールへようこそ”

夫(アズマリ隠語で妻につぶやく)
おい、この客は金を持ってないぞ

妻(アムハラ語歌詞)
“やあこんにちは 我々の兄弟お元気でしたか”

夫(アズマリ隠語で妻につぶやく)
さっさとこの店を出て 隣の酒場をあたろうか

妻(アズマリ隠語で夫につぶやく)
いやもう少し粘ってみましょう たぶんこの客はすぐにチップをくれるわ 

 まあ、こんな具合だ。あなたがたとえエチオピア人であったとしても、歌詞と歌詞の間の夫婦のやりとりは、合いの手の類か、少し聞き取りにくい歌詞の一部であると思い、軽く聞き流してしまうだろう。以上はあくまでもアズマリが演奏する場における、隠語の戦略的な使用例を想像した話だ。歌詞の行間のみではない。酒場ではいつも、客を前にアズマリ間で隠語を介した言葉が飛び交う。「おい、客がやってきたぞ、騒げ、騒げ、歌い始めろ」「この客、たぶん俺たちに金払わないよな」「さあ、マシンコを弾け、次はお前の番だ」「こいつは、ごろつき、危険なチンピラだ、別の客に歌いかけろ」「おい、次はお前の番だぞ、スローな曲から始めるんだ」「ここは俺のなわばりだ、お前は他の場所で演奏しなよ」。狡猾といってもよいぐらい、他集団に聞かれてはならない情報がパフォーマンスの現場でやりとりされている。隠語を習得してからの僕は、客たちを横目に、アズマリのやりとりに聞き耳をたて、にやにやする。
 しかしながら、隠語が使用されるのは、なにもアズマリの演奏の場に限らない。演奏の脈絡を離れた、普段の日常生活においても隠語は用いられるのだ。そのため、隠語を構成する語彙は当集団の音楽活動に関連する内容だけにとどまらない。日常生活で用いられるあらゆる語彙をカバーしうる、無数といっていいほどの豊富な語彙が存在する。
 アズマリは隠語を“エンザタランクゥワ”(我々の言語)と呼び、単なる職能上の専門用語以上の思い入れを持っている。
 僕自身、この隠語をそこそこ流ちょうに話せるようになってから感じたことであるが、隠語を話し、共有することで、集団間の結束は強まり、仲間意識が高まる。そんな大切なものの詳細を、アウトサイダーにペラペラ教えていいわけがない。だから当初、隠語を知りたがる僕に対して、大人のアズマリ達は嫌そうな顔をしたり、話題をそらして、僕を煙に巻いたり、遠ざけたりしてきた。しかし、本連載の第1回、2回で述べたように、アズマリの子供たちとの出会いと密な交流を通して、僕は徐々に、隠語の構造、その生成メカニズムについて、理解していくことになる。そうして、隠語をそこそこ話しはじめるようになるとなぜか、氷が溶解するかのごとく、大人のアズマリ達も少しずつ僕に心を開き、隠語で僕と話すようにもなった。
 では、その隠語の具体的な構造、生成のメカニズムについて、少し踏み込んで解説することにしようか。実は、僕がこの隠語に出会うずっと前のはるか昔、20世紀の半ばにエチオピアの職能集団、秘密結社、マイノリティ等の隠語に着目して調査を行ったアメリカ人の言語学者が存在する。彼の名はウォルフ・レスロウという。エチオピア諸言語の研究において大きな功績を残し、皇帝ハイレ・セラシエ1世より、直接賞を授かってもいる。職能集団の隠語調査のなかで、レスロウはアズマリ隠語の語彙の約6割が、アムハラ語をベースに変形されたものであると述べる。そしてアズマリ隠語をねじれたアムハラ語(twisted Amharic)と呼んでいる。じゃあ残りの4割は何なのかという話になるが、レスロウによれば、アズマリ隠語は、オロモ語、アガウ語、ティグレ語、アラビア語など、さまざまな言語の影響を受けているそうだ。さすが、移動性の高い集団だ。旅を重ね、移動を重ねる中で、様々な民族の言語を柔軟に器用にとりいれていくようになったのだろう。
 さあ、もう少し詳しく説明しよう。ちょっと言語学の小難しい用語が出てくるが、そこは適当に聞き流してほしい。アムハラ語をベースに隠語の語彙が生成されるメカニズムを、以下に説明する。アムハラ語彙を“崩し”たり、変形させる等、なんらかのパターン(以下では音位転移、語頭子音の変換、語根の重復、語根への音節の音便的付加を紹介)に基づいて隠語は生成されるのだ。実際は、以下に挙げる以上にさらに複雑で、多くのパターンが存在するが、秘密は秘密。あまりばらしすぎてはアズマリに叱られる。以下に隠語生成のありかたを、おおまかにでも伝えるために、代表的なパターンを一部紹介する。

・音位転移
夜(名詞) アムハラ語 mata マタ  隠語 tama タマ
ただ一人で(副詞) アムハラ語 bəčča ビッチャ  隠語 čəbba チュッバ
 
・語頭子音の変換
酔っ払い(名詞) アムハラ語 säkkärä サッカラ   隠語 wäkkärä ウォッカラ
学生(名詞) アムハラ語 tamari タマリ  隠語 wämäri ウォマリ
靴(名詞) アムハラ語 čänmä チャンマ  隠語 wänmä ウォンマ
唄・踊り(名詞) アムハラ語 zäffän ゼファン  隠語 wäffän ウォファン
 
・語根の重復
月(名詞) アムハラ語 čäləkä チャラカ  隠語 čsäləklək チャルクルク
アラケ・蒸留酒(名詞) アムハラ語 aləqe アラケ  隠語 aləqləq  アルクルク
 
・語根への音節の音便的付加
舌(名詞) アムハラ語 melas メラス  隠語 melasməč メラスミチ
1(名詞) アムハラ語 and アンドゥ  隠語 andəkä アンドゥカ

 以上の事例を見る限りでは、隠語が、まるで言葉遊びのような、些細な語彙の変形によって作り出されていることがわかる。例えば“夜”はアムハラ語で“マタ”。それを逆さにひっくり返し、“タマ”とやるだけで、隠語になる。“学生”を意味する“タマリ”は、頭の子音をウォと変え、“ウォマリ”とやっただけで、隠語になっちゃう。そして数字の1、“アンドゥ”はお尻に“カ”をくっつけるだけでOK。なんだその程度のものなんだ、そんなの簡単にアウトサイダーにみやぶられちゃうね、と思うかもしれない。ところがどっこい、変形された語彙が、アムハラ語の語彙のあいだに複数ちりばめられると、一般のアムハラ語話者には、アズマリが何を言っているのかさっぱり理解できなくなってしまうのである。
 ここでやっかいなのは(いや、やっかいなのではなく、おもしろいことは、と言い換えようか)、それぞれいろんな話者によって、アムハラ語彙の崩し方のパターンが変わりうることだ。すなわち、特定のアムハラ語単語に対し、あるアズマリは、その単語をひっくりかえす(音位転移)ことによって、隠語をつくる。しかし別のアズマリは、その単語の後ろに変な音節をくっつけて(語根への音節の音便的付加)隠語をつくりあげてしまうかもしれない。隠語生成パターンはアズマリの出身地域、世代によっても異なる。
 アズマリの隠語は、他集団との接触を通して、常に生き続ける現象であり、様々なかたちで生成し続けていくのだ。

  • 参考文献
  • Leslau, W. 1964. Ethiopian Argots, Morton: The Hague.
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