エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈



エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち この連載が本になりました!
エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち
 
※全24回の連載をもとに、加筆・変更・再構成して書籍化。
※Web連載は、現在は第10回まで掲載しております。続きは書籍でお楽しみください。


第2回
チュンブルなやつら

美しいお嬢さんよ お元気ですか
勇ましい英雄たち 心優しき友よ
ああゴンダール ゴンダール なつかしの故郷
町をぶらり歩けば胸が高鳴る
ああなつかしのゴンダール
ファシル城 ジャンタカル公園の木々
みんなお元気ですか 親しい人たち
勇ましい英雄よ いかがですか
美しいお嬢さんよ お元気ですか
花のように美しい ああ ゴンダールの都よ

 お前は歌う、ゴンダリンニャを。歌のなかに街の紹介がちりばめられる。ゴンダール王朝(1632~1784)の栄華を示すファシル城や、その脇にあるジャンタカル公園の木々。ジャンタカル公園は巨大な蜘蛛の触手が四方にのびたかのようなイチジクの木が立ち並ぶ市民の憩いの場。お前が間借りしている宿から、街へ繰り出す際に横切る公園だ。ゴンダール人の心をわしづかみにする街のシンボルを歌の冒頭に並べる。それらの順番はどうだっていい。お前は直立し、弦楽器マシンコの伴奏にあわせて片足でリズムをとる。こぎみよい高速の8分の3拍子。そして、いつものメジャー、テゼタ音階。

 ジャンカタル公園  ファシル城

 ゴンダリンニャは、お前の縁戚にあたる、イルガ・ドゥバラが歌ったアップテンポの歌だ。演奏に興が乗ってくるとお前はこの歌をたたみかけるように歌う。この街のアズマリのレパートリーのなかでももっとも知られた歌だ。イルガ・ドゥバラは社会主義政権時代に、芸能楽団キナットのメンバーとして活躍した。キナットは、歌や踊りを通して、社会主義のイデオロギーをエチオピア全土に伝えナショナリズムを高揚させる役割を担った。キナットを出たイルガは、スター歌手として、ポピュラー音楽界で活躍。お前をはじめとするゴンダールのアズマリたちのあこがれの存在といっていいだろう。

映像:ゴンダールの酒場で演奏を行う、二人のアズマリ少年
   タガブとイタイア、映画『僕らの時代は』(川瀬慈)より抜粋

 歌の中盤からが勝負だ。ここはいわゆる即興の歌詞のパート、演奏する前でもいいし、演奏しながらでもいい、歌いかける相手の名前や、身体的特徴、職業などの情報を収集し、歌の中にとりいれていくのさ。お前が歌いかける本人にいきなり名前を聞いても冷たく無視されることもある。そんなとき、本人から直接名前を聞き出せないなら、彼/彼女のまわりの友人たちにこっそりそいつの名前を聞き出すのもありだ。とにかく、アップテンポの歌に、矢継ぎ早に歌詞を並べていかねばならない。しくじっちゃいけない。この歌の流れを途切れさせてはいけない。どうしても次の歌詞が浮かばないときは、しきりにサッブ、サッブ、サップと、とくに意味のないかけ声をはさみ、その場をなんとかつなぐのさ。そして、歌いかける相手の心をくすぐるような歌詞を並べ、相手をぐいぐい歌の流れのなかにとりこんでいく。
 お前にターゲットにされ、迷惑そうな若い女性。その美しい褐色の肌と整髪料の香ばしいバターの匂い、そしてキャラメルのようにスウィートな心(ほんとか?)、を歌のなかで褒められ、照れ笑いしはじめる。彼女の横の怪訝な顔をした青年も、19世紀ゴンダールの勇者、英国軍と果敢に交戦したテオドロス皇帝2世の末裔だと、お前にでっちあげられ、苦笑いする。彼の眼の表情から、彼がお前のほめ歌に対して、決して悪い気じゃないのがわかる。
 同時に、聴き手の側からもお前に向かって即興詩がなげかけられる。これらは、大概その場にいる友人を褒め、鼓舞する内容だ。お前に投げかけられる友愛の詩を一字一句間違えないように繰り返し、歌に乗せ、その場を盛り上げなければならない。うまくいけば、みなお前の歌にあおられ立ち上がり、互いに向かい合い、肩と首を揺らす踊りイスクスタを踊りはじめるのさ。これは身体全体を波打たせる踊りであって、肩の動きだけに着目した“ショルダーダンス”というよくある英語の紹介は間違いだ。
 いずれにせよ、ここまでいけるのなら上出来、上出来。あとは、興奮気味の相手から、シェレマットと呼ばれるチップがお前のおでこにピタリと張られるのを辛抱強く待つ。張られる? そう、お前のおでこは汗でびっしょり、だから紙幣がペタリと額に張られてもそれが、地面に落ちることはないのさ。お前の額が渇いていたらどうするか? 客は紙幣をペロリと舌で舐める。すなわち唾のついた紙幣を、お前のおでこに張るのさ。その唾は街のゴロツキが、お前を見下して道端に吐き捨てる唾、すなわち職能者への軽蔑を示すものではない、ほめ歌を繰り出し、その場を熱くしたお前への感謝と敬意の証なのさ。お前は、紙幣をおでこに張ったまま、意気揚々と歌い続ける。地面を踏みしめる足に力を込めてね。
 でも以上は、あくまでもすべてがスムーズに運び、うまくいったときの話。十中八九、演奏技術の拙い子供の楽師は馬鹿にされるか、見下されて、野良犬のように追い払われるのがオチだ。縄張り意識の強い大人のアズマリにでくわそうものなら“タダム”(アズマリの隠語で“消え失せろ”)と怒鳴られ、やはり追い払われるだろう。お前は舌打ちしながらも、しぶしぶ他の演奏の機会を探して、また街を彷徨うのさ。でも、残りの10パーセントがある。10軒酒場に顔を出せば、一軒ってこと。そこにかけるのさ。すなわち、お前を手招きし、お前の歌を快く受け入れ、エンチン(隠語で“お金”)をくれる大人と出あう機会を求めて店をくまなくあたるのさ。
 アズマリの中でははっきりとした2種類の区分がある。まず、演奏機会を求めて、町をぶらつく、いわゆる流しの音楽家たち、そして酒場などにはりつき店にやってくる客たちの前で演奏する者たち。といっても専属の雇用契約を店舗と結ぶわけではなく、店主(アズマリの隠語で“バルタマガ”)に気に入られたり、店主にとりいったりしながら、円滑な人間関係を維持するよう、あくせく動き回る。演奏は置いといて、店の給仕をせっせと手伝いながら演奏を行うやつもいる。ごくまれではあるが、店主から安定した月給をもらう楽師もいる。演奏の場が定まらない上記、流しスタイルの楽師とは対照的だな。
 で、いうまでもなくお前たち、子供のアズマリのすべてが、流しの芸人さ。そう、安酒場を流すのさ。これらの安酒場はビールやウイスキーなどが飲めるバーのような場所。安宿も営んでいる。BGMにはエチオピアのポップソングが大音量で流される。仕事を終えた人々が酒を飲み、ウェイトレスの女性にちょっかいを出す。客とウェイトレスのあいだで性売買も行われる。ウェイトレスと、性売買に関わる女性(隠語では“ウォルミエ”)の区別は非常に難しい。気をつけなければいけないことは、この女性たちの中には、お前たちの隠語をよく理解するものもいるってことだ。だから迂闊に彼女たちに失礼なことを言ってはいけない。

 ゴンダールの町中には、2箇所に酒場が集中する。まず中央バスターミナル裏手のアラダ地区。この雑然としたエリアは商店、露天商が連なるマーケット街。ここには蜂蜜を発酵させた酒タッジを飲ます店や、大麦などの穀物を発酵させてつくる地酒タラを飲ます酒場が立ち並び、昼間から大勢の人々でにぎわう。一瓶のタッジ約45円。一杯のタラは約4円。聴衆からのチップが少ないエリアとされるため、大人のアズマリたちの多くがここで演奏を行うことを好まない。それは逆に言えばお前たち子供にとってはチャンスが多いことを意味する。一方、銀行、ホテル、レストランなどが林立し、ゴンダールの中心地ともいえるピアッサ地区は音楽家の激戦区。せっかく店内に客がいても、客の中にアズマリの生の演奏と歌より、ポップソングのカセットやCDをBGMに好む客がいたらアウト。お前たちは店主、あるいは客達から、出ていけといわれる。そうしたらそそくさと次の店に行くしかない。


 ゴンダール、アラダ地区

 ところで、良いアズマリの定義とは何か? それは確かな音程で歌えるものでも、大きな声で歌うものでも、いわゆる“美声”で歌うものでもない。アズマリは言う、チュンブルなやつがすべてだと。チュンブル、チュンブル、チュンブル。この形容詞には少し注釈が必要だ。アズマリの隠語でこの語は“不親切”、“意地が悪い”、“狡猾”といった意味。そのいっぽうでこの語は、時として“演奏技術の腕前が高い”、“歌がうまい”あるいは“やんちゃで茶目っ気のある”等、ポジティブな意味を持つ、いわば多義的なことばだ。良いアズマリであるためには、チュンブルでなくてはならない。多少ダーティーでも、狡猾に世間を渡り歩き、聴き手の心をがっつりつかみ、持ち上げ、その場を歌で支配する者。とはいうものの、そううまくはいかないのが人生だ。


 酒場で歌うアズマリの男性

 疲れたら、馬車に乗り、街の中心、ピアッサのジュース屋にでも移動するか。お前たちは、今日もほんとうについてなかった。報酬ゼロ。僕がフレッシュなフルーツジュースをごちそうするよ。パパイア、アボカド、バナナ、オレンジを絞ったばかりの色とりどりのジュースをまぜて、最後にライムを絞る。ああ、考えただけでものどが渇いた、唾液がでてきた。
 ちょっと待て、仕事が先だってか? もう一軒だけ、あの坂を下りた場所にある酒場をあたるってか? ごめんごめん、そうだな仕事だ、仕事。

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