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2010.01.01

グールド研究の「新訳」登場――宮澤淳一氏にきく

『カラマーゾフの兄弟』がベストセラーになるなど「新訳」ブームの昨今だが、小社からも「新訳」が出た。ジェフリー・ペイザント著『グレン・グールド、音楽、精神』(9月中旬刊)だ。これまで『グレン・グールド――なぜコンサートを開かないか』(木村英二訳)として30年近く親しまれてきたロング・セラーだが、訳文も精度を増し、未発表テキスト等も増補されている。訳者の宮澤淳一氏に、この新訳の意義や特色を尋ねた。

―グールドの「生誕75年=没後25年」ですが、この本の位置づけは?

宮澤(以下、M)「グールド研究」の原点です。原書刊行は78年。著者ペイザントはトロント大学哲学科の教授で(04年没)、グールドの著作や発言を集めて、音楽とメディアに関する彼の考えを整理した。演奏会を開かない「変人ピアニスト」ではなく、電子時代の音楽とメディアのあり方を考えた「思想家」だと論じたのです。あえて「伝記」にはせず、「音楽美学の研究」を貫いていますが、今読み直せば、基本的なことは「みんなここに書いてある!」と気づくはず。しかも、おもしろい。その後の研究者は(私も含め)、この本をどう「乗り越える」かが常に課題なのです。

―内容にはグールドも関与したのでは?

M 答えは「ノー」です。そう疑われるのを防ぐため、ペイザントは出版された文献しか使わず、執筆期間中、グールドと会わなかった。かくして出版された本を読んで、グールドはグールド自身を知った。自分の業績の価値を教えられ、生涯を見通してしまった。そのあと仕事の「店じまい」に向かう。50歳になったらピアニストをやめる、という決意もこの本の出版と関係があると思います。グールドは脳卒中の発作で倒れる数時間前、ペイザントに電話をかけ、「あなたの本が私を変えた」と言って、本を書いてくれたことに改めて感謝を述べたそうです。これにはいろいろ考えさせられます。

―「日本の読者へ」という序文も新たに加わっていますが、付録には何が?

M 本書のボツ原稿「アウトテイクス」や、雑誌原稿「グールドとオペラ」などがあり、本書の主張やグールド像を多面的に見直すことができます。出色はメディア論者マクルーハンが登場する講演原稿「哀れなノリー」。しみじみとした回想録風のエピソードで、巻末に余韻が残ります。(談)

宮澤淳一氏WEBサイト http://www.walkingtune.com/

グレン・グールド、音楽、精神 グレン・グールド、音楽、精神
ジェフリー・ペイザント著、宮澤淳一訳、408頁、3800円+税、
音楽之友社