君も星だよ ――合唱曲《COSMOS》に込めたメッセージ

ミマス
1971年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。音楽ユニット『アクアマリン』のキーボード、ギター、作詞・作曲担当。代表曲『COSMOS』『地球星歌』などは富澤裕氏により合唱曲に編曲され、全国の学校や合唱団で歌われている。小学生の頃から天文や宇宙に親しみ、旅好きで多くの国を旅した経験もあるため、星や宇宙、自然や旅などをテーマにした作品が多い。大学・大学院の専攻は自然地理学。音楽は高校生のときに独学で始める。近年はアクアマリンでのライブ活動のほか、小・中学校に招かれての授業や講演も多い。
公式サイトは、http://aqumari.com/

ミマス

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君も星だよ――合唱曲《COSMOS》にこめたメッセージ
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第5回
《いつかこの海をこえて》

《いつかこの海をこえて》歌詞

うれしさも悲しみも 大切な思い出も
のこらず輝いて あすを照らしてる
すみわたる陽がそそぐ ふるさとの風景に
また会えるその日を つよく信じて
いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう
出会いにあふれる ひろいひろい世界へ
いまも心にひびく 友の言葉を胸に
希望の道をすすもう
るり色の海へ

夕凪と朝焼けが なんどくりかえしても
眼をとじればそこに なつかしい笑顔
いつの日もそばにいる たとえ離れていても
だから前を向いて 歩んでいこう
いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう
手と手をむすんで 信じあえた日々を
いつも心に抱いて 夢の灯りをともし
希望の道をすすもう
るり色の海へ


1.奇跡の《地球星歌》

 《いつかこの海をこえて》という合唱曲があります。
 この歌は、岩手県にある釜石市立釜石東中学校の生徒の皆さんと一緒に作ったものです。

 釜石東中学校は、太平洋を望む海辺にありました。市の北部の鵜住居(うのすまい)地区という所です。すぐ近くには、夏になると海水浴客で賑わう根浜海岸という美しい砂浜がありました。

 ところが2011年3月11日、激しい地震の直後に襲った津波が、校舎の3階にまで押し寄せたのです。
 この中学校では、日頃から津波を想定した避難訓練を徹底して行っていたことが幸いしました。生徒はすぐに学校から高台に避難し、全員の命が助かったのです。避難する際には、隣の小学校の児童たちの手を引いて逃げたといいます。そしてこの出来事は当時、「釜石の奇跡」として、全国的に有名になりました。とはいっても、その日学校を休んでいた生徒さんの中に亡くなった方がいますし、生徒さんたちの7割が自宅を流されました。大切なご家族を失った生徒さんも多くいるのです。

 ご縁があって、そんな生徒さんたちと一緒に歌を作ることになりました。 

 きっかけは、「かまいしの第九」という、たいへん歴史と伝統のある音楽会。釜石では毎年、師走になると第九の演奏会が行われてきました。市民参加のオーケストラによる第九が、年末の恒例行事となっていたそうです。演奏会には地域内の中学校が年ごとに順番で出演し、生徒の皆さんがオーケストラの伴奏で校歌や合唱曲を歌うコーナーもあったとのこと。ちょっとぜいたくな、素晴らしい試みですね。

 2011年は、釜石東中学校が演奏会に出る順番にあたっていました。そして今回の参加に際し、学校では大きな目標に挑むことにしていました。それは「生徒全員が第九の合唱に参加する。しかも原語であるドイツ語で歌う」というもの。ちょうどそんな折に、あの地震が来たのです。
 震災のあったその年は、誰もが中止になることを予想しました。しかし演奏会に関わる人たちは大変なご苦労のなか、「こんな時だからこそやろう!」「この演奏を、支援してくれた世界中の人たちへの感謝のアンサー・コーラスにしよう!」という鉄の意志で実現させたのです。

 そして12月。釜石東中の全校生徒は見事に第九をドイツ語で歌いました。そして第九の前に、《地球星歌》も歌ってくれたのです。オーケストラの壮大な伴奏と全校生徒による合唱。のちに僕はその録音を聴くことになるのですが、それはあまりにも感動的な、魂の音楽ともいうべき凄い演奏でした。演奏会の様子を現場で録音していたラジオ局・エフエム岩手の三嶋豊さんは、この音源をなんとしても地球星歌の作者に聴かせたいと思ったそうです。僕は岩手から、一通のメールを受け取りました。

 それが最初のご縁となり、そこから急に、いろいろなことが決まってゆきます。まず、僕たちアクアマリンが彼らの学校を訪れ、コンサートをお届けすることになりました。そしてもう一つ、その日までに僕が生徒の皆さんの想いを集めて歌を作り、コンサート本番でSachikoが歌って披露することになったのです。

2.釜石東中学校のこと

 2012年3月12日、僕とSachikoは釜石を訪れました。
 海辺にあった釜石東中学校は津波に破壊されてしまったので、生徒さんたちは市内の釜石中学校に「間借り」する形で学校生活を送っていました。そこに伺い、体育館でコンサートを行なったのです。僕はピアノが弾けないほど極度に緊張していましたが、生徒さんたちはとても明るく元気に迎えてくれて、本当に救われました。

 コンサートを行なう前に、先生がたが僕たちを被災した校舎に連れて行ってくださいました。そして建物の中を案内してくれたのです。そのとき見たものは、一生忘れることはないでしょう。

 釜石を訪れた日、震災から1年と1日が経っていました。しかし、被災した校舎はまったく手付かずの状態で当時のまま。となりの小学校の窓には、軽自動車が頭から突き刺さったままになっているのが見えます。震災から1年も経ってまだこんな状態では、復興にはいったい何十年かかるのだろう……。そんな重い気持ちになったのを覚えています。

 3階まで津波が達した校舎は、窓ガラスがすべて割れ、床には海の泥が厚く堆積しています。机もイスも散乱し、ほんとうにひどい光景でした。

 いちばん衝撃的だったのは音楽室です。泥だらけのグランドピアノが逆さになり、大きな蓋の板が外れて教室の反対側に転がっていました。
 そこで音楽の松村敦子先生がこう言ったのです。
 「うちの生徒たちは本当に歌うことが好きでした。ミマスさんの曲も大好きで、この音楽室で《地球星歌》や《COSMOS》を元気に歌っていたんです……」

 僕は涙が止まりませんでした。窓の外に目を移すと、彼らが住んでいた鵜住居地区が見えます。津波によってひとつの街がすべて流され、何も見えない荒れ地がどこまでも広がっています。僕はほんとうに、そこに向かって手を合わせ頭を垂れることしかできませんでした。

 今もときどき、《いつかこの海をこえて》を歌ってくれている合唱団や学校にお招きいただいて、作者としてお話しすることがあります。曲を作った経緯についても話すわけですが、このときに見た光景を話す段になると、いつも必ず胸がいっぱいになり、心臓が痛くなって足が震えてきてしまいます。震災から5年以上たってもそれは変わりません。

3.海、そしてフェルマータ

 歌を作るために、音楽の松村先生は生徒さんたちにこんなアンケートをとって送ってくださいました。 「どんなことでもいいので、いま感じていること、思っていることを、素直な自分の言葉で書いてみましょう」。

 回答の中には、「黒い海」「行方不明」といったものもありました。そんな言葉に触れるたび、激しく胸が痛みました。周囲の親しい友人にも言えない、押しつぶされそうな胸のうちを吐露してくれた子もいます。みんな、壮絶な体験をしたのです。

 しかしその反面、彼らの多くが書いていたのが「感謝」や「希望」といったキーワードです。僕はやはり、希望の歌にしようと思いました。今から何十年後、大人になった彼らが幸せな人生を送り、美しさと賑わいを取り戻した故郷で、大切な人たちと一緒に海を見つめている……。そんな風景を描きながら、願いながら作っていったのです。

 当然、彼らの住む「鵜住居(うのすまい)」という町の名を歌詞に入れたいという声もありました。でも僕にはそのとき、この歌がいろいろな所で歌ってもらえるようになるのではないかという、予感があったのですね。
 特定の地名を入れると限定的になってしまう。でも、この歌が彼らと一緒に作ったものだという証拠は残したい。そこで、ひとつのアイディアを試すことにしました。作詞をする前に、各行のアタマの文字が「鵜住居で生きる、夢いだいて生きる」となるように文字を並べて、その文字からそれぞれの行の言葉が始まるようにして作詞ができないか、やってみたのです。  この試みは実にうまくいきました。その仕掛けを知らずにこの歌を歌ってくださる人も多いと思います。そんな方も、無意識のうちに彼らの故郷の名を口にし、応援してくれていることになるのです。

 しかし、ひとつだけ最後まで迷った重大な問題がありました。それは「海」という言葉です。
 津波で大切な人を亡くした方にとっては、「海」は聞くたびに辛い気持ちになってしまう言葉かもしれません。一方で、「海」を歌詞に入れたいという声も多かったのです。僕はどちらかに決めなければなりませんでした。

 もし「海」を入れなかったらどうなるか。それを考えてみました。答えはすぐに出ました。生徒さんたちは、生まれてからずっと海のそばで、海を見ながら、海と一緒に生きてきたのです。これからも海と共に生きてゆくのです。そんな彼らの幸せな未来を願う歌に「海」が無かったら、明らかに不自然だと思いました。当たり障りのない、無難にまとめたものを作ることが自分の役割ではないと思いました。

 これは賭けなのだと思いました。僕は、彼らが乗り越え、幸せな人生を実現し、美しい故郷の再建を果たす、というほうに賭けることにしました。そして、どうせ入れるなら、コソッと入れるのではなく、いちばん目立つ所に置かなければならないと思ったのです。
 この歌の楽譜に、「フェルマータ」という音楽記号が一度だけ現れます。何度も躊躇して、意を決して楽譜にこの記号を書いたときは手が震えました。このフェルマータこそが、僕がこの歌に込めた願いの全てだと言って過言ではありません。

 もしもこの歌を歌ってくれる人の中に、歌詞によって辛い気持ちになるという方がいたら、僕は本当に申し訳なかったと謝るしかありません。実際に、泣き崩れて歌えなくなった生徒さんがいたという話も聞いています。

 今でも年に一度ほど、釜石を訪れる機会をいただきます。一緒に歌を作った生徒さんたちはとっくに卒業して、高校生や大学生、社会人になっていますが、在校生の皆さんがこの曲を歌い継いでくれています。
 彼らは若いです。でも、とてもしっかりした大人です。何かのセレモニーなどで発言の機会を与えられると、必ずいちばん最初に、震災のときに支援をしてくれた日本じゅう世界じゅうの人たちへの感謝を述べます。僕はそんな彼らを心から尊敬しています。

 この歌を歌ったり聴いたりしてくださる方にひとつだけお願いしたいのは、その3分間のあいだ、ぜひ彼らに想いを馳せてほしいということです。「彼ら」とは、釜石だけではなく、被災した全ての街、全ての学校にいます。未来に向かって、さまざまなことに励んでいる彼らに思いを馳せてほしいです。僕のような立場の者が言うのもおこがましいのですが。

 
この美しい紅葉の写真は、昨年11月9日に撮ったものです。僕は写真を撮るのが好きで、どこへ行ってもたくさん撮ります。しかし被災地に行ったさいには、カメラを取り出していろいろなものにレンズを向けるということがどうしてもできませんでした。そのため、これまで何度か訪れた釜石の写真が、全くといっていいほどありません。ただ、昨年秋に目にしたこの紅葉は、本当に息を呑むほど美しかったので衝動的にカメラを取り出し、記念に一枚撮りました。撮った場所は、釜石東中学校の仮設校舎の校庭。生徒の皆さんが毎日見ている風景です。この山や木々に見守られながら、生徒の皆さんは学校生活を送っています。
ご紹介した本
絆の歌

絆の歌
音楽之友社 編

2000年に刊行したロングセラー曲集『小学生のためのNew! 心のハーモニー』シリーズ全10巻の改訂版。学級歌、音楽集会・朝会の今月の歌、行事や音楽会などの選曲に最適なラインナップ。入学式から卒業式までの全校音楽活動に対応している。 この第7集には、大震災後に人々の心をつないで話題になった歌の数々を全10曲を収録。
[難易度]初級 [対象]小学生

地球星歌〜笑顔のために〜

いつかこの海をこえて 全曲収録CD付き楽譜[解説付き]
音楽之友社 編

オリジナルの新作を中学生に贈るクラス合唱曲集。音楽授業の副教材として、あるいは校内合唱コンクール(合唱祭)をはじめとする行事の選曲などに最適。標題曲のほかに、ミマス、富澤裕、若松歓、山崎朋子、栂野知子、八木澤教司、大田桜子ら人気作曲家の曲を全10曲収録。全曲収録範唱CD付き。
[難易度]初級〜中級 [対象]中学生

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